こんにちは、ミィです。

ちかごろ、私、リア充です。

友達と遊んだり、子育てしたり、今が充実してます。なんだかスッカリ元の自分に戻れたなぁって感じ。

心境の変化があったんですよ。

うつの人の気持ちに共感できなくなった。


寛解した後の心境の変化


前は、今まさにうつのどん底にいる人の気持ちが、手に取るように気持ちが分かったんですよ。

それが、今はどうだ。共感できなくなってしまった。

「そういう考えに至るのは、すべてうつの仕業だから。」

ということが、実体験として分かっているので、距離を置いて見れるようになったんですね。

私の中から、「産後うつ」の記憶が薄れ、過ぎ去ったのかもしれません。


うつの人は周りからどう見られているのか?


で、本題なんですけども。

うつの記憶だけが残った状態で、うつを客観的に見れるようになった今、分かってきました。

うつ当事者の気持ちと、周りの人にどう見えているか?そのギャップが。

「うつは甘え」と言われる理由が。



「うつの人が周りからどう見られているか?」ありがちなパターンを図にしてみました。

100-5ブログ


①同じことを何度も言う、「ネガティブスパイラル」状態。→「人の話を聞け」と思われている。

うつになると脳がまともに機能しなるため、こういうことが起こります。

・不安と絶望で頭がいっぱいになる。
・決断力が全くなくなる。
・同じ考えにこだわり、発想の転換ができない。
・人の助言が頭に入ってこない。


その結果、うつの人はネガティブな話をひたすら繰り返すネガティブスパイラル状態に陥ります。

周りの人からは、「人の話をぜんぜん聞かないし、同じことばかり繰り返して、話が進まねー」と思われている可能性があります。


②人の話をネガティブ変換。→「めんどくせっ」と思われている。

うつになると認知のしくみが異様にネガティブになるため、こういうことが起こります。

・「早く治るといいね」と言われると、「早く治せよ。迷惑なんだから。」と責められているように感じる。
・「頑張ってね」と言われると、「やっぱり自分は頑張ってないと思われているんだ。」と自分を責める。

周りの人からは、「何を言ってもネガティブにとらえられて、めんどくせっ」と思われている可能性があります。


③人のせいにする。→「被害者意識、強っ」と思われている。

②と関連しますが、認知のしくみがネガティブになっているために、被害妄想が強くなり、ひどくなると周りを責めるようになります。

例えば、私は、過去の話を持ち出しては夫を責めていました。

「あのとき、なんであんなことを言ったの?」「私の苦しみにどうして気づいてくれなかったの?」と。

周りの人からは、「被害者意識ばかり強くて、めんどくせっ」と思われている可能性があります。


④死にたがる。→「死にたければどうぞ」と思われている。


うつの人が「死にたい」と言うのは、うつの症状のひとつ、「希死念慮」のためです。

ところが、「死にたい」と言っても、周りの人は本気にしません。見た目がふつうに見えるからです。

本気にしないどころか、何度もしつこく「死にたい」と訴えてくるわりに行動しないのを見て、「死にたければどうぞ」と思われているかもしれません。


注意しておきますが、以上のようなおかしな言動は、うつのしわざで思考回路にゆがみが生じているためです。本人のせいではありません。


うつ当事者の気持ちと周りの人の見る目のギャップの理由


うつを経験した当事者としては、うつの病的な症状を体験しているので、その壮絶な苦しみを理解することができます。

ところが、うつを含め精神疾患というのは、目に見えない病気。

周りの人からは、見た目は普通に見える。「面倒くさいことばかり言う暗いやつ」程度にしか思われないということもあるのです。

精神疾患は、数値で客観的に診断されるものではありません。

「脳内のこの物質の数値が下がっているから、うつ病です。」というように、数値で示してもらえれば、誰もが納得するでしょう。

ところがそうはいきません。医師の診察で判断されるのが一般的。

うつが深刻な病気であると認め、おかしな言動が病気によるものだと理解するためには、理解力と想像力が必要なのです。

「うつなんて病気じゃないよ。甘え。」という頭でいる人には、絶対に理解できません。

偏見を捨て去り、医師の説明を聞き入れ、理解する努力をしなければ、理解できないものなのです。




うつの当事者も「分かってもらって当たり前」という考えは捨てよ。

うつのときは、苦しみでいっぱい。人の気持ちを思いやる余裕などないと思います。私もありませんでしたし。

でも、「こんなに苦しいんだから、分かってよ。」は、自分勝手な考えだったと、今は思います。

人間、誰しも、体験したことのないものは分からないもの。想像してみることしかできません。

想像力とは、かなり知性を要する技術。想像力がない人には、うつの苦しみを理解することはできないのです。


うつの人であっても、他の人の苦しみが分かるかと言えば、完全に理解することなどできないと思います。

あなたがうつの記憶に苦しんでいて、もし誰かがその苦しみを理解しようとしているならば、その人はあなたのことを本当に大事に思っているはずです。それだけで本当にありがたいことです。

私は、私の辛い話を聞き続けてくれた夫にはそういう気持ちになりました。

もし、分かってくれない人がいても、「分かってもらって当たり前」ではないということ。相手もまた弱い人間。想像力には限界があるのです。




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